たかさき能とは

 そもそもの始まりは、白衣観音。建立から50年を迎えた1986年、その節目を記念して始められたのが「たかさき薪能」です。毎日高崎の街を見守ってくださる観音さまに奉納すると共に、日本の伝統文化である「能」を高崎市民に楽しんでもらいたいと、当時の観音山連絡協議会を中心に企画されました。

 第1回は観音山を会場に開催。秋の夜長、篝火の灯りに浮かび上がる能舞台の後ろに凛と立つ白衣観音、漆黒の闇に響きわたる音色。幽玄というにふさわしい世界が繰り広げられ、多くのファンをもつようになりました。
第13回からは市庁舎前広場、第21回からは天候に左右されない群馬音楽センターへ会場を移しました。

 そしてもう一つの魅力は、行政・地元企業・能を愛する市民によって大切に守られてきたということ。第22回からは実行委員会が責任をもって運営することになり、現在に至ります。

沿革

1986(昭和61) 高崎白衣大観音建設50周年記念事業として、観音山連絡協議会を発足する「第1回たかさき薪能」を開催する(以後、毎年開催)
1998(平成10) 高崎観光協会委託となる(第13回より)
2000(平成12) 市制100周年記念事業として、城址公園特設会場(屋外)にて薪能を開催する(観覧者1861名)
2007(平成19) たかさき能(薪能)実行委員会を発足、運営にあたる(第22回より)

『たかさき能25周年記念誌』の発刊

昭和六十一年「たかさき能」初演より二十五周年の佳節を迎え、
このたび記念誌を発刊いたしました。
これまでの公演に関するエピソード、演目や演者の詳細など
四半世紀の歴史を一冊にまとめた出版物です。

お問合せ先
株式会社ラジオ高崎内 たかさき能(薪能)実行委員会
〒370-0849  群馬県高崎市八島町265
TEL: 090-9378-8224(実行委員会直通)

「たかさき能」二十五年記念誌 補遺資料について>>
「たかさき能」二十五年記念誌の発刊後、喪失したと思われた資料の提供をいただきました。 ここに補遺資料として掲載いたします。
資料をご提供いただいた皆様に、心より感謝申し上げます。

たかさきと能

 高崎は単なる商都でなく、能楽と深いかかわりをもった都市です。市の重要文化財に「清水寺の能楽の絵馬」が指定されています。

 この絵馬は、狩野派の狩野常信が描いた能の「熊野」の一場面です。喜多流の能を好んだ高崎藩主安藤対馬守重博が、元禄5年(1692)に奉納したものです。またその後の藩主松平輝貞、間部詮房らも能楽をことのほかたしなんでいます。

 その影響でしょうか、城下の町中に謡の師匠が多く住み、商人は教養と品位を高めるために、謡と俳諧とを競って身につけようとしたようです。今にその商人の風流の面影を残しているのが、この「たかさき能」で、それを23回も続けていることこそ、商都高崎の心意気だと思います。

(解説 吉永哲郎)